夢なんかなくてもいいけど、お酒とWillは必要だよ

早いもので年が明けてもう半月が過ぎた。
この感じを24回繰り返したらまた1年が過ぎてしまう。時間って大切だなぁ。


先週、公私ともにお世話になっている市川渚さんと二子玉川の焼鳥屋「酉たか」で新年会へ。年末はお互い予定が合わず、年が明けて念願の会食。

ファッション業界で大活躍されている渚さんは、素晴らしい感性を持っている女性であることは言うまでもないが、自分の中では、「感受性豊かで、思慮深い」という印象を強く抱いていた。

そう、まさに一緒にお酒を飲む相手としてとてもとても大好きなタイプだ。


ゆっくりとお酒を飲みながら、どんな話をしようかな...と楽しみにしていた。


着席して新年の挨拶を済ませると、僕の門出のお祝いという事でプレゼントを用意してくれていた。完全に想定していなかったギフトにとても嬉しい気持ちになりつつも、こういう気遣いをさらりとできるのってさすがだなぁとすっかり感心してしまった。


さて、いい感じにお酒も入ってきた所で、これからどう生きていくかという話になった。
生活していく という意味ではなく、何を目指していくのか という意味での生きるだ。

今回は自身の整理も兼ねて、その点を少し掘り下げてまとめてみよう思う。

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夢とWillは少し違う



以前勤めていたリクルートでは「Will/Can/Must」という3つのカテゴリーで半期毎に目標設定をしていた。


Willはここから先(将来)に実現したい事やありたい姿や意思。

Canは今この会社で自身が出来得る目標。

Mustは今の会社で最低限達成しなければならない目標。


僕はこの概念がとても好きで、当時から非常に納得感があった。

そして当時僕がWillに掲げていたことは、いつも会社の中では実現できない事ばかりだったので、当時の上司には色々とやりづらい思いをさせてしまっていたかもしれない。(Willの前にCan、Mustをしっかりやれよと言う突っ込みが飛んできそうだが。笑)


ただ、どんなことにおいても、未来に繋がるイメージが持てるのとそうでないのとでは、持久力が違ってくると思っている。
例えるなら、自分のありたい姿や意思を持たず(持てずに)働き続けることって、ゴールが見えないマラソンを走らされているようなものだと思う。

ゴールがわからないマラソンはきつい。

そのような環境下で仕事をするのであれば、当然ペース配分も掴めないし、自分のペースよりも周り(多くの同じような人達)のペースに合わせて走ることでしか安心感を得られない。自分のキャリアもその先の未来も、もはや自分のモノではなくなってしまっているのだ。そしてそこから抜け出せない状況に陥ってしまっている人を何人も見てきた。


最近「夢を持つ」という事自体に、賛否分かれた議論が交わされているが、個人的にはどちらでもいいと思う。
ただし、Willを持つという事と夢を持つという事とは違っていて、Willは本当は誰しもが持っているものだと思うし、持っていなきゃいけないと思っている。なぜなら「どういう人でありたいか」は持っている持っていないではなく、考えているか考えていないかの話だから。

「特に夢はないんだよねぇ」「夢を持てている人って羨ましいな」っていうセリフは良く聞くしわかるけど、
「どういう人でいたいかわからないんだよねぇ」って言う人がいるなら、それはその人の中にしか正解はない。

自分がどうありたいか をもっと気楽に考えて欲しい。
例えばそれは、今日は肉が食べたい! ライブに行きたい! ゆっくり読書したい! というような気持ちと同じぐらい自然に。

そうすれば、自ずとそれを実現するためにはどういう材料が必要なのかが見えてくるし、今何をすべきなのかも考えられる。
例えとても小さなことだとしても、それで行動が変わってくれば「ありたい自分の姿」に間違いなく近づいていける。


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元気になれる人、場所

僕にとって2017年は一緒に飲む相手が大きく変わった1年だった。誤解を恐れずに言うと、飲む相手を大きく変えた1年だった。

結果として振り返ってみると、何度も飲みに行く相手はWillを持っている、もしくはWillを持てていないことに焦りを感じている人ばかりになってきた。逆にCanとMustの話だけで思考が止まってしまっている人と飲む機会はどんどん減っている。



大きく変えた といっても強い意図をもってそうしたわけではなく、一緒にいて楽しい人・元気になれる人との時間を優先した結果そうなっていた。
そしてそういう付き合いが、また新たな素敵な出会いを呼び、自分にとって非常にありがたい出会いに恵まれた1年だった。
人が人を呼ぶのだと思う。

そうした人たちとの時間を思い返してみると、自分の意思やそれに対する行動こそが個性であり、人としての面白みなんだな...という事がわかってきた。
意思を持っている人の話はとても面白いし励みになる。
そして、面白い人の周りには面白い人が集まってきて、お互いに元気を与えあっている。

逆に、同質的で自分の意思を持たない人やネガティブな人は、人から元気を奪う。
その時間が増えれば増えるほど、自分のエネルギーレベルは下がっていく感覚がある。


どういう人達と過ごすか

どういう場所で過ごすか

どういう時間を過ごすか

自分の弱さを自覚している分、元気をもらえる人や場所と前向きな時間を過ごす事の重要性を最近特に感じるようになった。


年齢も性別も関係なく、どうありたいかを語りあえる人はとても魅力的に感じるし、そういう人と過ごす時間が増えれば増えた分だけ自分の気力が充実してくる。だからこそ、これから先はもっともっとそういう人たちとの接点を増やしていきたい。


  とまぁ、着地も見えずだらだらと書いてきてしまったが、

・思考停止にならずにちゃんと意思をもって選択していこうね
・意思をもてば人としての面白みが増すよ
・そうすると面白い人といっぱい出会えるよ
・元気になれる人との時間を増やすとめっちゃくちゃいいよ!
・元気を奪われる人とは会わない方がいいよ!
・そして意思を持ってる人、一緒に飲もうね!

...というお話。笑



ちなみに、冒頭で触れた渚さんとの会食は話が楽しすぎて、結果として2軒ハシゴ酒。(どちらのお店も閉店により追い出された笑)
それでも話したりないぐらい楽しいお酒だった。



2018年は自分にとって大きな転機となるであろう1年。
リクルート時代書き続けたWillを実現に近づけるために、大きく一歩を踏み出したい。

そして自分も周りに元気を与えられるような1年にしたい。