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実家の両親(と、妹)が東京に遊びにきたんです

この週末、実家の両親と妹が東京へ遊びに来ました。奥さんは現在海外出張中のため家族4人で過ごすのはいつぶりだろうというぐらい久しぶりな時間です。
当然もういい大人な訳ですから、ちゃんと二子玉川まで辿り着けるだろうな...と思いつつも、金曜の夕方ぐらいからそわそわと落ち着かない感じ。笑
まぁ、問題なく二子玉で合流できたわけです。


遠路はるばる東京に遊びに来るわけですから、美味しいレストランに連れて行ってあげたいなという事で、今回も二子玉川お気に入りのお店、酉たかさんへ。(来過ぎですね) 最近は大切な友人、大切なお客さんなど、大切な人と二子玉で食事をする場合は必ずここを選んでいる気がします。とにかくあの雰囲気と味にハマってしまっているんです。

今回は初の個室利用でしたが、カウンター席とはまた異なり、大人が落ち着いて食事を楽しめる空間でした。(個室はなかなか取れないので予約はお早めに!)
安定の美味しさに、両親も妹も大満足の様子。ずっと連れて来てあげたかったので、自分としても心が満たされました。



いつものように他愛のない会話とそれぞれの自己中トーク。

そうそう、この感じ。懐かしいなぁ。


自分は18歳で福島県の実家を出て、気付けば東京での生活も間もなく18年目。故郷で過ごした時間とちょうど同じぐらいだけ東京での生活が長くなってたんですね。
どこの家もそうかもしれませんが、うちの家族もこれまでに本当に色々な事がありました。特に、震災後自分以外のみんなが職を失ってしまった時は、これからどう生きて行こうか、どう支えて行こうかと、心配の絶えない毎日を過ごした数年間は今でも色濃く残っています。だからこそ、今ではそれぞれが元の生活を取り戻し、こうして当たり前のような家族の時間を過ごせていることには、大きな安堵と幸せを感じるんです。


福島で過ごした18年間と、東京に出て来てからの同じだけの時間を振り返った時に、圧倒的に東京での記憶の方が鮮明で細かく残っています。これってただ単純に新しい記憶だからではないんですよね。18歳までって、義務教育含め育ててもらうというある意味受身な選択が多いと思うんです。でも、18歳以降では(もちろん日々周りに育ててもらっているという事は変わりませんが)、生きるために自分自身が意思を持って選択し続けて来た日々なんです。自分が意思を持って決断した事って、その時々でその時の感情や記憶が深く刻まれて行くので、忘れ去られずに残り続けているんだと思います。


久々に過ごした家族との時間の中で、ふとそんな事を立ち止まって考えてみました。


やっぱり自分の人生は、自分にとって色濃く充実したものでありたい。
嬉しい事も悔しい事も、楽しい事も悲しい事も、しっかりと記憶して新しい道を進んで行きたい。
だから、これからも意思を持って選択し続ける事を止めずに生きていかねば。


美味しい焼鳥を食べながら、決意を新たにした週末でした。


皆さんはこの週末どんな時間を過ごしましたか?


Naoya